私が毎年非常勤講師を務めさせて頂いている大学から、来期(4月以降)の講師のオファーを頂けました。有り難い事です。
本学は「情報」「マルチメディア」等の分野を扱う学部が多いため、技術の進歩に合わせて頻繁にカリキュラムが変わります。
来年度はカリキュラム改変の影響で今まで私が担当していた課目が無くなるので、実はヒヤヒヤしていたのですが、今年度で退官される先生がご担当されていて、来年度以降も存続が決まっている課目を担当する事になりました。
担当する課目は「メディアリテラシー」。
メディアとは、情報の記録・伝達・保管に用いられる装置や物で「媒体」と呼ばれる。一般にメディアといった場合、放送局や新聞社等のマスメディアを指す事が多いので、注意が必要。
マスメディアはメディアの一部に過ぎない。個人から個人へ送った手紙や電子メールもメディアである事を忘れてはならない。
メディアを通じて情報を記録・伝達・保管するには、そのメディアに適った方法で記号化・復号化する必要がある。
現実世界での会話は主として音声によって行われる。音声自体がメディアであると言うのはなかなか理解し難いようだ。
何故ならば、例えばICレコーダーを用いて会話を記録して、それを第三者に聴かせる場合、ICレコーダーがメディアで、録音されている音声は「情報」として見られがちだからである。
しかしながら、実際には「音声」は言語を発話する事によって成立しており、自身の思考・感情を適切な単語に変換(記号化)して、他者に伝え、受け手は音声を復号化して意味ある文章として捉える。
この時の音声は空気の振動として捉えられ、音声と言うメディアを媒介する為に更に空気と言うメディアを利用していると言える。
このように、メディアとは単独で存在し得る訳ではなく、多重化して使われる事の方が多い。
今、この文章を読んでくださっている方は、見た目にはblog記事を読んで、日本語と言う記号を復号化して理解しようとしてくださっている。(と、信じたい)
しかしながら、このblog記事が皆さんのPCの画面に表示されるまでにはインターネットと言う広大なメディア空間を経由している訳である。
インターネットでは、距離的に近いサーバーではなく時間的に近いサーバーを経由してデータの送受信が行われる。この一つのblog記事はTCPパケットに分割され、更にIPパケットに分割され、IPパケット単位で送出されている。全てのiPパケットが同じネットワーク経路を辿り皆さんのPCに届いている保証はなく、むしろ様々な経路を経由している事の方が圧倒的に多い。
経路上にはサーバー・ルーター等のコンピュータやネットワーク機器が存在しているが、それらもまたメディアである。
このように、メディアとは単独で作用する事は殆どなく、複合的に、そして階層的に利用される事の方が多い。
一方のリテラシー。原義的には「言語により読み書き出来る能力」を指す。
が、例えば近年では「情報リテラシ−」と言う言葉がある。これは情報を自分の目的に適合するように使用できる能力のことだ。卑近な例で言うと、あるアンケートをEXCELで集計し、グラフ化したり表化したりする能力のようなものである。
情報リテラシーと言った場合、多くの場合コンピュータを対象に語られる事が多いが、例えば自分の探している情報を図書館に所蔵されている文献から探し出す能力もまた情報リテラシーである。
そしてメディアリテラシーである。
上記を踏まえると様々なメディアを介して発信されてくる情報を的確に受信する、または逆に適切に送信する能力、とでも言おうか。
しかし、それだけではなく、学術的には「情報メディアを主体的に読み解いて必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のこと」と定義されている。
学術的定義によれば情報を単に送受するだけではなく、その真偽を見抜き活用する事まで求められている。換言すれば「情報を評価・識別」する能力とでも言おうか。なお、ここで言う情報とはコンピュータのような情報機器に限らず、広義の情報を指す。
インターネットの普及と爆発的拡大により、個人がblog等で意見を述べる事ができるようになり、情報洪水と呼ばれるように、インターネットだけでも一つの事項を調べるにも種々雑多な情報源にあたる事ができるし、対象を書籍にまで広げると(実は筆者は広げて欲しいと切に願っている)その情報量たるやすざましい物がある。
それらの情報は学術的根拠に則って書かれている場合もあれば、個人的見解の域を出ないものもある。また、個人的見解には誤解による誤った解釈が含まれる場合もある。
これらの膨大な情報ソースから必要なものを取捨選択し、情報ソースの真偽を確かめる能力こそが、今の時代に求められているリテラシーである。
これらを学生に15コマの中でどれだけ掘り下げて伝えられるか、これからシラバスを組み立てなければならない。
メディアを扱う以上、記号化・復号化を避けて通る訳にはいかず、それらを扱うためには入り口程度でも記号論に触れる必要がある。
シラバスの組み立てにしばらく頭を悩ます事になりそうだ。





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